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日々是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ
森下典子
新潮文庫
平成20年11月

森下さんはエッセイスト。私より少しお姉さんだ。
その森下さんが20歳から始めた「お茶」。
以来25年もの月日、週に一度「お茶」のお稽古に通う中で、
気づいたことをしたためたのが、このエッセイ集。
解説は「感動の読了をした」という小三治師匠が書いている。

読みながら、30歳前後、やはり「お茶」と出会い、
数年、磐田市公民館のお教室に通っていた自分と重ねあわせていた。
森下さんの心の動きと同じ。
想像していた「有閑マダム」のお遊びでは決して無かったっけ。

当時、私は縁の薄い土地で一人、人生の袋小路に迷い込んでいた。
足掛け四年もの時間を袋小路で過ごすことになる。
努力では乗り越えられない壁があることを初めて知ったし、
どうにもならないことを知っても自分が描いていた人生の道筋から外れて生きることは、
どうしても受け入れられずにいた。
そんなとき、皮肉にも袋小路に招き入れた方の人に誘われ、
名古屋の徳川美術館で、利休の「泪(なみだ)の茶杓」を観た。
武士に憧れ本当の意味では武士になれなかった秀吉と、
町人ながら武士のように毅然と潔く人生の幕を下ろした利休。
最後の茶会で利休が削った銘を「泪(なみだ)」という茶杓に打たれ、
敬遠していた「お茶」の世界に入って行った。

昼間、きんぴらごぼうを作りながら、
気がつくと考えても仕方の無いことを考えほろほろと泣いていたりした。
だけれども夕方、公民館のお茶室に入り、お釜の松風を聞くと、
ネガティブな気持ちがすーっとどこかへ行ってしまった。
確か「お茶の心理学」という本に、お茶室は母の子宮であり、
松風は子宮で聞く大動脈の音。だから落ち着くのではないかとあった。
森下さんも書いていらっしゃるが、お手前の手順を追っていると、
余計な考えは頭から出て行く。ただ、そこに自分がいるだけ、
という境地ににたどり着く。
お茶に救われていた頃、仏像の本やら、禅の本やら、精神医学の本やらを読みあさった。

ある事件があり、はっと気づいた。
回れ右、して袋小路に背を向けることができた。
それまでは偏差値50の生き方に執着していたけれど、
偏差値10だって偏差値80だっていいんじゃないの、と
思い通りにならなかった自分の人生を許すことができた。

いまは、攻めの人生。
リスクも大きいけど、安全なレールの上を走る生き方は
自分には合っていなかったのだということが、よーく分かって来た。

「お茶」は禅の修行の一つ。

目からうろこを落としたいなら、一つの方法として、ありです。

日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)
(2008/10/28)
森下 典子

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2011.05.01 / Top↑
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